笙野頼子『レストレス・ドリーム』

 「レストレス・ドリーム」、「レストレス・ゲーム」、「レストレス・ワールド」、「レストレス・エンド」の四章からなる長編。
 ゾンビがひしめく悪夢の街、スプラッタシティに閉じ込められた桃木跳蛇はロールプレイングゲームのように戦いを繰り返し、脱出を目指す。
 跳蛇の敵は街に取り込まれて死んだゾンビ、内面における男性にとっての理想の女性とされるアニマ、スプラッタシティを管理する大寺院、そして下位の者を支配・抑圧・搾取する男性である王子だ。この四者を撃破し、街を脱出することが物語の目的となる。
 スプラッタシティを支える制度は「昔々、あるところに」という言葉であり、昔話や民話から抽出された化物が悪夢を作り出している。そしてその核はシンデレラ物語だと作中で表現される。言葉によって構成された悪夢の世界がスプラッタシティなのである。だから跳蛇は言葉を食べ、それを纏い、ゾンビの言葉を変換し自らの力とするのだ。ロールプレイングゲームと表現されるこの世界のいわばラスボスを討つ最後の武器の弓矢もまた、言葉によって作られた武器であった。
 シンデレラ物語の骨子は美しい女性が換喩でもあるガラスの靴を履き、王子と結婚する、というものであろう。ここには女性は若く美しくなければならず、また本人の意思や思考すなわち「私」を持たない偽装された自我の女性が王子のものになる=幸せを手に入れることができるという固定化された男尊女卑のジェンダー差が投影されている。終盤、ゾンビたちを倒してゆく跳蛇を最も苦しめたもののひとつはアニムスーー理想の男に無理矢理履かされたガラスの靴であるが、その苦しみは、ジェンダー差によって抑圧され搾取される女性の苦痛でもある。
 このハイヒールの苦痛は現代にも呼応している。OLたちの履くハイヒールだ。昔話から現代まで女でいること、そしてそれを強要される苦痛が提示される。
 ラストシーンで跳蛇に似た女性の傍らに破壊されたハイヒールはその否定や反撃の象徴であろう。
以前読んだ『金毘羅』は日本神話を女性の抑圧の観点から読み替え、そしてそこにカウンターを行う小説であったが、『レストレス・ドリーム』はシンデレラ物語という女性のサクセスストーリーを読み替え、それを脱却するであると言えよう。